表紙



幸いな娘





 開け放された古城の窓のきわに、ひとりの少女が立っていた。
 顔を上げ、睨みつけるように眼前を見つめる。視線の先には、青空に浮き出るように連なる、新緑けぶる山々の頂があった。次第にその景色がにじみはじめ、やがて青と緑とが交わった。
「ナンナ」
 だしぬけにうしろから声をかけられ、ナンナはとっさに腕で目を拭い、振り向いた。
「お父さま」
 急ごしらえの笑顔は、仮面のようにこわばった。
「どうしてここに」
「小さなころから変わっていない。何か不安があると、いつもここから外を見ていたな」
 フィンの表情はごく穏やかなものであったが、ナンナの顔色がわずかに青ざめ、笑みが失せた。
「お聞きになったのですか、リーフさまとのこと」
 ナンナはその無言を肯定と取った。
「確かに、子どものように興奮して、喧嘩をしてしまったことは認めます。でも、あやまるつもりはありません!」
 熱のこもった鋭い声を石の壁に叩きつけた。
「あの方は、理想ばかりを口になさる」
 しばらくの沈黙のあと、父は娘とは対照的な、静かな声音で言った。
「それでも、わたしはリーフさまに、理想を追い求めていただきたい。その芽を育てるための土壌をたがやすのが、仕える者の役目だ。ただ頭をたれるだけではなく」
「たとえ自ら血を流してでも、ですか」
 言いながら、父に詰め寄った。
「しかし、それではお父さまや、国民が」
 見あげる瞳に、戦場で見せると同じ種の力強さを感じ、ナンナは口ごもった。
「理想を口にできぬ王を持った国は不幸だ」
「それは」
 言葉をつまらせ、指をきつく握った。
「……存じております」
 フィンはそれを見て目を細めると、ほおをなぞる故国の風にのせてつぶやいた。
「そして、現実を見すえる目を持った娘は、幸いだ」




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