表紙



白い手





 今はとうに過ぎ去った華やかな時代、彼女の白くほっそりとのびたその指を、みな口をそろえて称えたものだった。細かな透かし織りの手袋からあらわわれるたおやかな女性の優美さに、貴公子たちは目を奪われ、ため息をつき、その後やっと我にかえって手をとり舞踏の輪に加わる情景も、一度となく見られた。それはまったくすべらかで、しなやかな若々しさに満ちていた。
 彼女もまた、それをかすかな誇りとして、ひっそりと胸のなかにしまっていた。

 やがて時は流れ、彼女はひとりの少年の手をとり、ともに歩む道を選んだ。それはダンスを誘う貴公子の手ではなく、固いまめと無数の切り傷が刻まれた剣士の手だった。
 ふたりの暮し向きは決して楽なものではなかった。彼女の手は、なれぬ水仕事や家事に見る間に荒れていった。瑞々しさを失なった肌は、痒みとともに赤味をまし、細かな傷が絶えない。
 けれど、毎夜若い剣士がぎこちなくその手に口づけ、飾りけのない言葉で美しさを祝福するとき、彼女にとって両の手は、真にとうといものとなった。




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