表紙



小さな友人へ





 ある朝はやくのことだった。ヒュウはあたりに響きわたる薪の燃えるような音に目を覚まし、盛大なあくびひとつすると、寝ぼけ眼をこすりながら外に出た。家の戸から少しはなれた場所で、ニイメがひとり腰を曲げて焚き火のきわに立っていた。よく目を凝らすと、手にした紙きれを次々に炎にくべているようだった。
「ばあちゃん、朝っぱらからなにしてるんだよ。焚き火の季節にはまだ早いだろ」
 だしぬけに声をかけられたニイメは、気だるそうに振り向いたが、すぐに炎に視線を戻した。
「見りゃわかるじゃろう」
「わかんねえよ!……紙か何か燃やしてんのか?」
 言いながら、ヒュウは炎をのぞきこんだ。
「手紙だよ」
「手紙? 誰の?」
「あんたの父親の」
 ニイメのくすんだ瞳に炎がゆらめいていた。
「書庫の整理をしていたら出てきたのさ」
「こんなに沢山、誰に書いたんだ?」
「さあね」
 ヒュウは頭の後ろで軽く手を組んだ。
「内容は? 祖母ちゃん読まなかったのか?」
 それを聞くと、ニイメは地べたに転がすままにしておいた杖を拾いあげ、ヒュウの頭をしたたか殴った。
「痛てっ!」
「このばか孫が! 人の手紙の中身を勝手に見るような趣味の悪い男に育てた覚えはないよ!」
 ヒュウは頭をさすりながら、唇をとがらせた。
「だってよ……誰への手紙かがわかれば、こっちから送れるだろ?」
「やっぱり、お前はばかだね」
 小さくため息をついた。
「何で?」
「それがわからないところがさ」
「……だから何なんだよ」
 不機嫌そうにそっぽを向く孫に、ニイメは苦笑した。そして、孫に聞こえぬようつぶやいた。
「でもそのぶん、お前はしあわせなのかもしれないねえ」

 小さな友人へ。
 そう宛てられた手紙の数々が、ぱちぱちと弾けた音を立てて空に届きそうなほど高く燃えあがる。
 初夏のイリアのすがすがしい風にのって、灰のかけらは軽やかに緑けぶる森を抜け、青々と茂る低い山のいただきを越え、天馬のつばさともに丘をかすめ、大地に生きる人々の営みを見つめる。
 風はやがてリキアにひっそりと建つ小さな家に届くだろう。もはや人の姿はなくとも、しあわせの面影のこるその家に。




表紙

inserted by FC2 system