表紙



司祭は笑む





 カナスの蔵書をひやかしにきたおり、レナートは闇魔道書を手にとってつぶやいた。
「魔道書というのは、不思議なものだな」
「レナートさん?」
 カナスはいぶかしげに相手を見やった。
「おまえ、剣を手にしたことはあるか」
「剣……ですか。いいえ、剣はおろか、弓も、槍も、触ったことすらありません」
「そうか」
 レナートは短く答えた。
「それが、どうかなさいましたか」
「いやな、俺は以前、剣を扱っていたこともあったのだが」
 言いながら、魔道書の項をめくる。
「戦いの道具としての剣は、自分の身体の一部のようなものだった。あるいは鏡のようなものかもしれない。正面から向き合えば、そのまま応えてくれるような」
 魔道書に書かれた古代文字に視線をおとす。
「しかし、魔道書は違うな」
「そうなのですか」
「ああ。自分以外の意識が頭の中に勝手に割って入ってくる、そんな感覚を時々おぼえる」
 カナスは眼鏡に軽く手を触れた。
「それは、僕も感じることがあります。もっとも、この闇魔法とあなたの行使される聖女の奇跡とは、ずいぶん性質が違うかもしれませんが」
「どうかな」
 そのことばを受けて、レナートはひとり心地に自嘲した。
「闇も光も、人が身にあっては純粋すぎる力ゆえ、知らず傷つくことはそう変らん。もはや、人ならぬ身にとっても」
「え?」
 耳に届くにはあまりにも小さな声に、思わず素っ頓狂な反応を示す。
「すみません、聞き逃してしまいまして……面目ない。もし、よろしければもう一度」
 人のよさがにじみ出る、相手の心底困った風な表情に、司祭は静かなほほえみで返した。
「すまん。忘れた」




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