表紙



花喰い





 いつのことだったか、任務の伝達に際し、リムステラがソーニャの元を訪れたことがあった。ソーニャはそのとき、気だるげに自室の寝椅子に横たわっていたが、やおら霧のように眼前にあらわれたリムステラの姿を見とめると、不愉快さを隠すでもなく眉をひそめた。伝令使の口から語られることばは、まるで水時計の一滴がしたたり落ちるように味気ないものだったけれども、真実、主が自分に向けたものであると知っていたから、素直に耳をかたむけた。やがて、リムステラは己の使命をはたし、ふたたび闇にまぎれて姿をくらまそうとした。
 しかし、ソーニャはそれを引きとめて、何か思いついたのか、ふいに、身を起こし、卓の上に置かれた花瓶に咲く花々の群れから、一輪手にとって、リムステラの鼻先に突きつけた。
「お食べ」
 色のない金の瞳が、沈黙して、花びらのかすかにゆれるのを眺めた。
「お食べ、さあ」
 いらだちのまじった声が、繰りかえされた。促されるままに、リムステラは、やわらかな、うすべにの花弁を口に含ませた。それから、ゆっくりとそれを咀嚼した。
 そのようすを見て、ソーニャが、紅い唇を強く引き上げ、そして、堪えきれぬように、腹を抱えて笑いだした。
「あはははは!」
 軽蔑をたっぷり絡めたまなざしで、自分と同じ色の金眸を、下から覗きこんだ。
「ねえ、愚かなリムステラ、人間は、差し出された花を、なんの疑問もなく食べたりはしないのさ。花は、愛でるものだと、知らないようだね、このお人形ちゃんは」
 そう言いながら、ソーニャは、もう一輪ひきぬき、花びらのひとひらひとひらを荒々しくむしりとった。花の汁の赤が、白い指をあざやかにぬらした。ソーニャはうっとりと目を細め、それを舌ですくった。
「ほら、こうやってね、愛でるのよ」
 リムステラの、またソーニャの舌に、頭の奥の痺れるような苦みが、じわりと広がった。けれど、互いにその苦みを共有していることを、ふたりの女は、すこしも知らなかった。




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