暗黒小話
大陸中を駆け巡った戦渦は前ベルン王国の崩壊とともに過ぎ去り、エトルリアは帰還したミルディン王子の手腕と、それを補佐する三軍将の尽力もあって、驚くべき速さで国土の復興が進んだ。
数年後。
エトルリア王宮内の庭園にて。
王子
「セシリア」
セシリア
「王子、このような場所にお呼び出しとは……いかがなさいましたか」
王子
「無論あの件の返答を聞こうと思ってね」
セシリア(考え込むように)
「あの件……とは?」
王子(笑う)
「わかっているんだろう」
セシリア(微笑む)
「本当に、夢か幻でも見ているようでした。……よもや一国の王子に求婚されるなんて、おとぎの国の夢物語でしかありえないものだと思っておりましたので」
王子
「でも現実だよ。改めて言おう。セシリア。王妃として、ともにエトルリアを導いてくれないか」
長い沈黙。
セシリア
「……申し訳ございません、王子。やはりわたくしには王子の伴侶たる器はございません」
王子
「その類稀なる知性と恐るべき度胸、お前こそが王妃に相応しい」
セシリア
「いいえ。わたくしたちふたりでは、きっと上手くいかないことと存じますわ」
王子
「なぜ」
セシリア
「もし……もし王子が無能で、小心で、考えなしで、流されやすくて、でも、名誉心と自尊心は人一倍あって、そして実のところ人は良くて、どうしようもないほど愚鈍な、わたくしの手のひらで思いのままに操れる殿方だったら……あるいは、うまくいったかもしれませんが」
王子、空を仰ぐ。
王子
「フフフ……こわいね、あいかわらず」
セシリア
「うふふ……王子ほどでは……」
王子
「フフフフ……」
セシリア
「うふふふ……」
王子
「フフフフフ……」
セシリア
「うふふふふ……」
ふたりの笑い声がいつまでも庭園にこだまする。
血のように赤い薔薇が一輪、音もなく大地に落ちる。
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