盤上の駒
エトルリア中央に位置する、とある城のとある一室で、今宵も静かな戦いが繰り広げられていた。
男は手に持った駒を乾いた唇にあてた。そのひたむきな目線は、小型の卓上に置かれた古いチェス盤に集中している。
「これは……まずいですね」
長い指先が、象牙の騎士を弄ぶ。
「待った、はありませんよね」
言いながら、ちらと視線を眼前の相手にうつす。相手が何も応えないのを見て、これ見よがしに大きなため息をついた。
「将軍殿のご指導は、遊戯にあっても手厳しい」
「貴殿のほうが、わざわざ私を相手として望んだのだろう」
サウルがどこから手に入れたのか、チェス一式を手に意気揚揚とパーシバル将軍の私室の扉を叩いたのはつい先刻のことだった。
「名高き将軍殿のご手腕を、一度間近に拝見したかったのもので」
細めた瞳は、しかし笑ってはいなかった。パーシバルは、眉間にしわを寄せ、卓に肘をついた。
「……貴殿は何か思い違いをしているようだな。戦争は遊びではないし」
卓を挟んで座るサウルを、固い表情で睨みつける。
「兵は駒でもない」
「無論、存じておりますよ」
サウルはこともなげにそう言うと、手の内の駒を盤に置いた。ことりと微かな音が響く。時を同じく、盤上に目をやったパーシバルの表情が急激に凍りついた。それと対照的に、サウルは鮮やかな手さばきで悪戯をなした子供のような笑みを浮かべた。
「さあ、将軍。次の手を」
「……貴殿は……」
「だから、申し上げたでしょう。存じていると。戦術でエトルリアの誉れたる将軍殿に勝てようはずがありませんから」
左手で頭を押さえつつ、パーシバルは鈍く光る黒のポーンに手を伸ばした。そこに、サウルのしなやかな手の平が重なる。
「チェックメイト」
ゆるやかに燃え立つ怒りをさらに煽るように、サウルはパーシバルの顔を覗き込んだ。
「……もっとも、遊戯においてはその限りではありませんが」
エトルリアの夜は長い。
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