表紙



歩く人





 おだやかな昼の午後だった。ほおを照らす光はどこまでもあかるく、眼前に広がる大地はいつまでも平穏に眠りつづけている。
 しかし、街道を並んで歩むふたりの旅装束の男たちのうち、背の低いほうの表情はそれとは対照的に、道端に咲く白い花よりも色がなかった。次第に足どりも重くなり、わずかによろめきはじめる。時をおかず、もうひとりが異変に気づいた。
「ルセア、どうした? 具合でも悪いのか」
「いいえ、いいえ、レイモンドさま。大丈夫です」
 かぶりをふるルセアにかまわず、レイヴァンは視線を落とした。
「……足か」
 言いながら、ルセアの足の関節を指でかるく押す。同時にルセアは、声にならない悲鳴をあげた。
「さっきの林道でひねったのか」
「す、すみません」
「怪我をしたなのら、早くいえ。お前が我慢しようがしまいが、今日の行程が減るのにかわりはない」
「すみません……」
 ルセアはうつむいた。うつむいた視線のさきに、ぶっきらぼうなしぐさで手がのばされた。
「ほら、来い」
「……え?」
「その足では歩けないだろう。背負ってやる」
「え?え?そ、そんな、レイモンドさまのお手をわずらわせるなん……」
 ことばがしまいまで発せられることはなかった。ルセアの体は、軽々と宙に持ちあげられた。

 ルセアはレイヴァンの首筋に頭をもたせかかる格好で、ぼんやりとうつりゆく景色を眺めていた。ふだん見ているよりもめまぐるしい情景の変化に、ルセアの瞳は戸惑った。やがてその戸惑いは、ひとつの結論に辿りつく。
 自分はいつでもレイヴァンのとなりを歩んでいた。そして、そこはごく自然な、当たりまえの居場所だと思いこんでいた。ルセアは小さく呟いた。
「ありがとうございます」
 知らずに笑みがもれた。
「やはり、あなたは変わっていません」
 そしてそのまま、幼いころからすこしも違うことのないぬくもりを肌に、ルセアの意識は心地よいまどろみのなかへとおちていった。

「おい、ルセア。どうした。寝ているのか」
 背中に突然の重みを感じ、レイヴァンはため息ひとつついた。
「……しょうがないやつだな」
 あたりは、やわらかな沈黙につつまれていた。ぬくもりを感じるということは、相手にもまた同じものを与えているのだと、無邪気に眠る子供は知るよしもない。




表紙

inserted by FC2 system