表紙



禁じられた遊び





「なあ、シグルド、いいだろ?」
「今夜は勘弁してくれ。昨日、散々相手してやっただろ」
「あんなんじゃ全然足りねえよ!」
「お前に付き合わされたおかげで、こっちは寝不足なんだ」
「一回きりだって!」
「そう言って、また自分が満足するまでやらせるつもりだろう?」
 真実を言い当てるシグルドの言葉は、反論を許さない。
「とにかく、今日はもう寝させてもらうからな」
「ちっ」
 ハーヴェイの舌打ちが静かな室内に響き渡る。
 夜の本拠地船内、ヘルムートは狸寝入りをしつつ、海賊ふたりの言い争い、あるいは痴話喧嘩を聞いて、明朝、軍主に即刻部屋替えを願い出ようと本気で考えていた。そもそも、なぜ自分がこいつらと同じ部屋なのか。フィンガーフートの息子と同じく、寒風吹きすさぶ甲板でよいものを。
「ケチな野郎だぜ……お」
 まずい。ヘルムートの体がこわばる。ハーヴェイが、こちらを見ている気がする。もっと自然な寝息をたてねば。
「おい、ヘルムート。起きてんだろ?」
 ハーヴェイのつま先が、ヘルムートの足を蹴った。何をするか貴様、と怒鳴りたいのぐっと堪える。
「寝たふりしてんじゃねえよ……剥いちまうぞ」
「!!」
 ヘルムートは思わず、ものすごい勢いで後ずさった。
「ほら、やっぱりタヌキじゃねえか」
「……何の用だ」
「聞いてたんだろ? 相手になれよ」
「断る」
 青年将校は、寝乱れた衣服を整えながら、不遜な態度で言い捨てた。
「なぜ俺が貴様に付き合わねばならんのだ?」
「俺がそうしたいからさ」
「ますます従う義理はないな。寝る」
「そう言うなよ、クールークの士官さんよ? あんたもたまには息抜きが必要なんじゃねえか」
「息抜きをするにしても」
 赤い瞳が、ハーヴェイをじろりと睨みつけた。そういえば、とヘルムートは考える。こいつを見ていると、何か妙な気分になると思ったら、むかし自邸で飼っていた犬に似ているのだ。大きく、人懐こく、しかしその牙は鋭く研ぎ澄まされていて、接し方を間違えれば、主人とて命が危ない。そして、かの犬は主人に忠実であったが、ハーヴェイは己の欲望に忠実であるからたちが悪い。
「そのよう不道徳な行為はごめんだ」
「クールークにも、似たようなもんはあんだろ?」
「あってもやらぬ」
「はじめてなら、手加減するぜ?」
「結構」
「それとも何か」
 ふいに、ハーヴェイがついと顔を寄せてきた。間近に迫った緑眼が、悪戯っぽく輝いた。
「俺に負けるのが怖いのか、え? 負けるのが怖いから逃げる、それがクールークの流儀ってわけか」
「……!」
 ヘルムートとてひとりの軍人である。祖国の名を辱められ、ここまであからさまに挑発されては、さすがに引くわけにはいかなかった。若き士官は、激しく舌打ちした。
「くそ、一度だけだからな!」
「おう、そうこなくちゃな!」
 青年将校はハーヴェイを睨みつつ、軍服の襟を荒くゆるめた。
「……来い」

「おっしゃ、ロン!」
「……くっ、これしきのこと……!」
 その夜、ヘルムートは、リタポンで二十連敗を喫し、連敗記録を塗り替えたのだった。




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