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気まずいふたり





 気まずい。
 スノウはつばを飲み込んで、向かいに座る軍服姿の青年をちらと見やった。唇にあてた携帯用の固パンも、なかなかのどを通らない。
 さわやかな朝だった。スノウたちが古い地図を頼りに、この南海の孤島に宝を求めてやってきたのが二日前。構成人員は、ヨン、チープー、スノウ、それからクールーク出身のこの無愛想な青年士官である。
 朝を迎えると早々に、先に食事をとってくれと言い残して、ヨンとチープーは浜辺にカニを獲りにでかけてしまった。スノウの小さな戸惑いの声が、カニ好きの彼らに届くはずもない。
 気まずい。
 いったい、どれほどの時間を黙って過ごしただろうか。少年の額に冷たい汗が浮かぶ。寄せてはかえす波のやさしい音も、二人の間に流れる重い沈黙をやわらげてはくれなかった。
 スノウの視線がもう一度、ヘルムートに向かった。貴族的な雰囲気のある青年であるが、パンを食べる、というより摂取するという言葉が似合う風に、ちぎっては口に押し込む動作を繰り返すその姿は、やはり軍人の名にふさわしい。
「何か」
 ふいに、自分を見る視線に気づいたのか、ヘルムートが口を開いた。
「え?!」
 突然の言葉に、スノウは慌てふためいた。
「あの、その……」
「私に用でも?」
 輝石のように冷えた赤い瞳で凄まれて、スノウの焦りはさらに加速する。
「いえ、ええと……服が!」
「服?」
「あ、はい、白い軍服なんて、珍しいなあと!」
 あの不審そうな顔を見ろ。自分は何を口走っているのか。スノウの顔が青ざめていく。
 しかし、スノウの不安に反して、ヘルムートからは律儀な答えが返ってきた。
「白は、上級士官にのみ着用を許された色だ」
「何か、いわれがあるのですか?」
「白兵戦にあたる兵士は身につけん。汚れが目立つだろう、血の」
 さらりと言われて、胸が凍る。優男風の外見に気をとられ、つい忘れそうになるが、彼は一国の将なのだと改めて実感した。
「艦長が戦うまでになったら、その船は沈む」
「そ、そうですね……」
 言いながら、必死で次の言葉を探す。
「あ、でも、第一艦隊と第二艦隊の艦長は」
 ヘルムートの眉がぴくりと動いたので、スノウは慌てて言葉を切った。
「すみません、何かお気に障るようなことを……」
 若き将校は困惑するスノウに構わず、慇懃無礼な態度のまま続けた。
「貴殿は、トロイさ……いや、トロイとコルトンを知って……そうか、そうだな。失礼、貴殿はラズリルの」
「ええ、直接、言葉を交わしたことはありませんでしたが……」
「ならばわかるだろう」
 青年の唇に、笑みのようなものが浮かんだのを、スノウは驚きとともに見た。
「あの二人に、白が似合うと思うか?」
 固い表情からわずかに覗かせた笑顔は、思いのほか穏やかだった。もしかしたら、とスノウは考える。この人は、見た目よりも気難しい人ではないのかもしれない。
 スノウの顔も、自然とほころぶ。
「は、はい。ちょっと、面白いですよね……」
「ただいま!」
 そのとき、ネコボルトの朗らかな声があたりに響いた。輝かんばかりの笑顔のヨンとチープーが、二人に向かって駆けてくる。
「おかえり。どうだい、カニは……」
 振り向きながら言いかけて、スノウは目を見張った。ヨンとチープーが重たげに引きずる、小山ほどもある巨大なカニ。たぶん、カニ。
「すごいでしょー!」
 ヨンとネコボルトの嬉しそうな顔といったらなかった。
 だから、スノウは言わずにはいられなかった。ヘルムートも思わず声を上げた。
「何だそれはー!」
 同時に叫んだ瞬間、二人は互いのなかに似たものを感じ取った。
 その名を苦労人という。




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