呼ぶ声
ヘルムートとは、ずいぶんと古めかしい響きをもった名だった。古い言葉で戦心の意、父が息子にこの名を付けた理由は明らかであるし、ヘルムート自身も己の名に相応しい道を歩いてきた。
敬意を交えて、畏怖をこめて、輝かしい武勲を纏い、あるいは厳しい叱責とともに、多くの人々が彼の名を呼んだ。
「ヘルムート」
だが、自分の名をこのように呼ぶ者を、ヘルムートは他に知らなかった。こんな風に、馴れ馴れしく、ぞんざいに、そして烈しさを込めて呼ぶ者は。その乾いた唇から流れる音からはどこか、すえた血のにおいがする。
船上での戦闘の後、赤黒く汚れた身体もそのままに、埃まみれの倉庫に放り込まれたのがつい先ほど。暗がりで繰り返されるハーヴェイの呼びかけに、ヘルムートは応えなかった。応える術を持っていなかった。何せこの男は、その名を呼ぶことを情交の誘いとしているのだ。荒ぶる欲望を鎮めるには、剣を振るうだけでは十分でないらしい。微かに酒のにおいがする。明らかに興奮している、欲情している。この腹に精を放つことを欲している。だから背を向けて立ち去ろうとすると、後ろから強引に腕をつかまれた。
「ヘルムート」
聞きたくないのならば、耳をふさげばいい。
拒みたいのならば、その手を振りほどけばいい。
簡単なことだった。
だがヘルムートはそうしなかった、剣を持つ手のひらがひどく、汗ばんでいたので。
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