表紙







 ある晴れた日の午後、久方ぶりに、女は少年を訪ねた。
 少年の若々しい姿は、以前と少しも変わることがなかった。彼は客人に席と茶とをすすめながら、再会の喜びに弾む心の求めるままに、思いついた端から、ありとあらゆることを熱っぽく話した。家人の近況、街の様子、とりとめもない噂話、それから最近の仕事について。
「みんなの役に立つような、そんな仕事をしているんだ」
「どんな?」
「例えば、ふさふさ退治とか」
 それを聞いて、女はくすくすと笑った。
「ええ、そうね。それはとっても大切な仕事よね、キリル」
「コルセリア」
 ふいに、少年は腕を伸ばすと、卓上の手に自分のそれを重ねた。そのとき、わずかに少年の表情が翳るのを女は見た気がした。どうしたのかと口を開きかけたが、眼前に迫るまなざしの強さに圧され、思わず言葉を飲みこんだ。
 黄昏の気配のまじった光が、開け放された窓から差しこみ、固く握られた二つの手を、柔かに照らしだした。
 在りし日と同じように若い、力に溢れた手に収まるのは、穏やかに年を重ね、成熟した女性の、たおやかなそれであって、小さく柔らかく、頼りなかった少女のものではなかった。
 ややあって、少年はゆっくりと、確かめるように言った。
「今、僕は本当に幸せなんだよ、コルセリア。家族がいて、友達がいる。帰る場所がある」
 そっと手を離しながら、あの遠く過ぎ去った時代のままの、明るく澄んだ瞳で少年は笑った。
「幸せなんだ」
 それからしばらくして、少年はいずことも知れず姿を消した。彼を探す旅の途上、女は時おり、自らの手を静かに見つめる。




表紙

inserted by FC2 system