表紙



悪夢





 船内のどこにもスノウが見当たらない。
 名前を叫びながら走っても、一向に返事が返ってこないのだ。おかしい。ついさっきまで、自分はたしかに彼の背を追って歩いていたというのに。
 不安を抱きながら少年は走り続ける。回廊はどこまでも続く。出口が見えない。嫌な汗が首をぬらす。闇が四方から静かに迫ってくる。あれに捕らえられてはいけないと、本能が叫びをあげる。
 そのとき、目の前にぽつねんと立つジュエルの姿を見つけて、ヨンは安堵の息をついた。ジュエルは振り返って、太陽みたいに笑った。
「どうしたの?」
 スノウを探しているのだと説明すると、ジュエルがしくしく泣きはじめた。何があったのかと聞いたら、彼女は子どものように泣きじゃくって言った。
「スノウはあんたが殺しちゃったんじゃないの」

 夜更け、甲板で白い息を吐きながら、星空を眺めているスノウの横に、音もなく座りこむ影がひとつ。
「あれ、ヨン。どうしたんだい、こんな時間に?」
 月光に照らされた友人の横顔が青ざめて見えたので、スノウは驚いて声を上げた。
「どこか痛むのか?」
 ヨンは膝に顔をうずめて、無言で首を振った。
「じゃあ、怖い夢でも見たの?」
 問いかけて、スノウは笑った。
「なんて、もう子どもじゃないよね。……ヨン? どうしたの?」
 スノウが心配そうにたずねると、うん、怖い夢を見たんだ、と小さく言って身を寄せた。そうしたら、君が甘えるなんて珍しいね、とスノウがもう一度笑った。布越しに体温を感じながら、ヨンは考えた。悪夢のあとの世界は、ひどく美しくやさしい。




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