表紙



やさしく殺して





 船内の薄暗い一室、ヘルムートは毛布を身体にかたく巻きつけ、まどろみながら考える。どれほどの夜をここで過ごしただろうか。軍主の命により、彼は海賊ハーヴェイ、シグルドと同じ部屋をあてがわれていた。はじめこそ反発を覚えたものの、長く軍隊生活に親しんだ身、不本意ながら慣れるのにそう時間はかからなかった。
 ふいに、シグルドがハーヴェイに向かって、静かに話しはじめた。
「お前とはじめて会ったときのこと、覚えているか?」
 ハーヴェイがそれにこたえて言う。
「なんだよ、突然」
「いや、ミドルポートの若君が、先日仲間になっただろう」
「ああ、そういや、船んなかに派手なのが増えてたな」
「彼を見ると、昔を思い出してな」
「昔のお前か……」
 ここで、ヘルムートの目はすっかり覚めてしまった。シグルドがかつてミドルポート艦隊の艦長を務めていたことは知っているが、彼らの出会いについて耳にするのは初めてだ。
「……すごかったよなあ、あのカツラ。縦ロールが風になびいてたぜ」
「!!!」
 士官の顔がひきつる。こいつらは、真面目に何を話しているのだろうか。俺が笑い上戸と知っての狼藉か。笑い上戸、それはこれまで、ヘルムートが全力を尽くして周囲から隠し通してきた秘密である。
「領主のお墨付きだったし、俺はセンスがいいと思っていた。だが、お前に爆笑されて、自信を失った。そんなことはないだろうと、部下に尋ねたら、笑いを必死にこらえながら、しょんなことこらいまひぇんよ艦長、と」
 シグルドは自嘲した。
「……ショックだったよ」
「カツラもだけどよ、服も結構なモンだったぜ? 首のあたりとか、袖のあたりとか、ヒラヒラピラピラしててよ。頭からは羽も生えてたな。あと、色もすごかったよな。ピンク、紫、黄色……あれ、威嚇してたのか? 海のどまんなかで悪夢でも見たのかと思ったぜ。お前、ガタイいいしさ」
「ふ、昔のことだ……」
 身を丸め、いっそ殺してくれと願いながら、青年士官はふと思い出した。この世で最も辛い拷問は、笑い責めであるらしいと。

 翌日、ヘルムートは軍主に部屋を替えて欲しい旨を切々と訴えたのだが、笑顔で即座に却下されたのだった。




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