表紙



ひとりでできるもん!





 ヘルムートは我が目を疑った。
 一体、何をしているのだ、こいつらは。正気の沙汰とは思えぬ。
 先の戦闘中、巨大な蟹の攻撃を受け、シグルドが左腕を負傷した。負傷とはいっても、たいした怪我ではない。出血はあるが、適切な処置をすれば、週をまたぐことなく、すぐにふさがる程度のものであろう。ここまでの状況は理解できる。だが、そこから先、目の前で繰り広げられた光景は、若き士官の理解の範疇をはるかに超えていた。
 ハーヴェイが慣れた様子でシグルドの傷を舐めている。
 シグルドもまた、それをごく自然に受け入れている。
「いつも……こうなのか?」
 ヘルムートは遠い目をしてつぶやいた。
 横に立つヨンが、真面目な顔でこくりと頷いた。
「このようなことを言える立場でないのは、重々承知しているが、軍主殿、次からは別の部隊に組み入れてはもらえないだろうか」
 軍主は無情に首を横に振った。
「ならば、耐えよう、これしきの……」
 言いながらも、果たして本当に耐え切れるのか、ヘルムートには自信がなかった。枯れたカズラーのように戦意がしおれ、フィンガーフートの息子のように剣持つ腕から力が抜けていくのを、どう堪えればいいのか。
 そのとき、ふいにハーヴェイが二人のほうに向きなおった。
「何だ、あんたも怪我してるじゃねえか」
「!!!」
 ヘルムートは慌てて腕を隠した。
「かすり傷だ!」
「かすり傷だって馬鹿にできないんだぜ。俺の知り合いにも、それで死んだのが何人もいる」
「それは、そうだが……」
 ヘルムートは先ほどの光景を思い出しながら、ハーヴェイから間合いをとるように、じりじりと後退した。
「おいおい、顔が青いぜ? あんたことだから、馬鹿みたいに我慢してんじゃねえのか?」
「そのようなことはない! 決してない!」
「ちったあ素直になれよ、ほら」
「止め……」
 ハーヴェイは懐から、おくすりを取り出した。
「おくすり持ってねえのかよ?」
「……は?」
「しょうがねえな、ほら、俺のひとつわけてやらあ」
 そう言って、おくすりの袋を投げてよこした。
「あ、ああ……すまんな……」
 恐れていたようなことは何もなかった。喜ぶべき状況のはずだった。なのに、犬や猫に笑顔で話しかけて無視されるような、そんなむなしさが、ヘルムートの胸を支配していった。
 ヨンが無言で軍服の肩を叩いた。いやにその手が重かった。




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