表紙



夢みる罪びと





 母と寝床を共にする夢を見る者が、存外世に多いことを語ったのは誰であったか。実母と夢で情を交わそうとも、事実そうしたわけではないのだから、必ずしも罪にはなるまいと、オベルの船に規則正しく軍靴の音を響かせながら、ヘルムートは考える。
 そのとき、だしぬけに背後から声をかけられた。
「よう」
 しかし、ヘルムートは眉を不愉快そうに動かしただけで、ハーヴェイには一瞥もくれず、歩調をもゆるめなかった。
「おいおい、無視すんなよ!」
 気安く肩に乗せられた手を、荒く振りほどく。
「触るな」
 青年士官は振り返りながら相手を睨みつけようとしたが、若い海賊の姿が視界に入ると、開きかけた唇を結び、にわかに黙して顔をふいと逸らした。
「何か悪いもんでも食ったのか?」
 呆れるハーヴェイを残して、ヘルムートは再び歩きはじめる。
 あの男の指を直視することができなかった。その唇を、首を、肩を、背中を、そして腕を。あの腕の中で獣じみた声を上げたのは誰か、身を切なくよじらせたのは誰か。夢の世から持ち帰った熱の気配が、身体を甘く疼かせる。
 ヘルムートは俯き、わずかに火照る頬を隠すように、さらに歩を速めた。
「おい、待てよ! 何なんだよ!」
 ハーヴェイが背に声を叩きつけるが、ヘルムートは応えない。そう、夢は夢なのだ。




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