表紙



邂逅





 こりゃ、死ぬな。
 ハーヴェイはごく簡潔にそう判断した。
 無人島での戦闘中、飛び蜥蜴の針にやられた。それからどうしたことか、身体がちっとも言うことをききやしないのだ。
 意識ははっきりしている。軍主殿に向かって、自分が剣を振り上げているのが、それが何を意味するのか、正しく理解できるのだから性質が悪い。狙いを外さなければ、愛剣の刃は少年の頭をかち割り、臓腑を抉るように貫くのだろう。罰の紋章はどうなるのか。宿主を守ってその力を発動させるのか、あるいは見限ってこの場の誰かを新しい主とするか。どちらにしても、愉快な話ではなかった。
 ハーヴェイは目の端に映る相棒の姿に毒づいた。
 シグルドの野郎、躊躇いやがった。
 くそったれと思いつつ、手に馴染むことこの上ない得物でもって、自らの足の甲と大地を縫いとめようと試みるが、所詮は無駄な足掻きだった。刃先が吸い込まれるように、罰の紋章の主へと向かう。
 海色の瞳がハーヴェイを仰いだ。飛び蜥蜴との戦闘の際に負傷した少年は切り傷まみれ、折れたと思しき右腕を押さえ、力なく地に膝をついている。この狂える一太刀を避けることは不可能だろう。
 しかしまあ、とハーヴェイは舌打ちする。自分から襲い掛かっておきながら身勝手なこと甚だしいが、胸にうずく苛立ちを抑えきれない。軍主は微動だにしなかった。今まさに自分の命を絶たんとする凶刃を前にしても、まなざしひとつ動かさない。ガキだったらガキらしく、おびえるとか、涙ぐむとかしやがれ。死にそうなのに、そんな達観した目、するんじゃねえよ。
 そのとき、背面から影がひとつ、音もなく現れた。影はつれなく言った。
「馬鹿者」
 己を射抜く赤く乾いた瞳も、鋭い切っ先の描く線も、少しの躊躇をも見せない。
 反撃しようと思う前に、振り向いた瞬間、正面から袈裟懸けに斬られた。剣そのもの、またそれを操る人間と同じく、実にそっけない一撃だった。
 肩から鮮血がみっともなく吹き出す様を眺めながら、一応、という注釈付きではあるが、仲間の肩書きを持つ男を打つのだから、もう少しばかり太刀筋に色気があってもいいんじゃないの、と若い海賊は呆れた。
 ハーヴェイの唇から安堵の息がもれ、そのまま笑みをつくるように歪んだ。
「っ痛えなあ……」
 肩を大きく揺らしながら、折れるように打ち崩れる。大地に惨めったらしくしがみつく。鉄くさい唾液を垂らして土を噛む。自分という存在が、吐き気と眩暈と痛みとだけでできているような錯覚を覚えた。身体中が冷えて、ひどく眠い。とにかく痛い。だるい。このまま死ぬかも知れないが、もし生き延びることができたら、そして軍議にかけられ首を切られずにすんだら、あの男を抱こう。鼻っ柱の強さがいい、何より目が好きだ。床に這いつくばらせて、汁まみれにして、泣かせよう。そうしよう。
 ふいに、鼓動のほかは、何も聞こえなくなった。意識が闇に沈んでいく。
 ハーヴェイは、土を握る指をふっと緩めた。
 とりあえず考えるのは、目が覚めてからにしようか。




表紙

inserted by FC2 system