表紙



密事の跡





 銀髪も麗しきかの人は、やはり予想に違わず律儀であった。船に帰還して後、シグルドの求めに応じて、ヘルムートはその腕に己が身を委ねた。
「好きにしろ」
 横を向いて愛想なく言うので、海賊は有難くその言葉に従った。
「しまった」
 中年男のようにしつこい、と評された愛撫のあと、挿入するにあたって、シグルドはわざとらしい様子でもって、船室の扉のほうをちらと横目で見た。
「鍵をかけたかな」
 その瞬間、眼前の面が血の気を失った。
「な……」
 パタパタと廊下を走る足音がする、賑やかに談笑する声が響く。息遣いすら聞こえてきそうなほどに、人の気配が近くある。先ほどまでは声を抑えることで隠してきたが、乱れた衣服、すえたる臭い、汚れた指先、常ならぬ身体、扉を開けられては、秘めたる行為のすべてが露見する。
「結構、人通りが多いみたいですね」
「離、せ!」
「扉が開いたら、どうなさるおつもりですか」
 必死にもがく腕を、易々と押さえこむ。
「そのあられもない姿を、皆の前に晒すと?」
 見下ろした表情が、羞恥と憤怒に赤く染まっていく。
 クールークの元将校は、存外に純粋であったようだ。よくそれで世を渡ってこられたものだと、シグルドは感心した。
 無論、鍵はきちんと閉めてある。
 鍵をかけたかどうか、と呟いただけで、かけていないとは言っていない。
 昼間から他人の情交を見せつけられるなど、船内の者からすればたまったものではない。シグルドもいくらかは遊びを嗜んだ大人であるから、遊戯におけるルールは承知している。人に迷惑はかけぬこと、本気で相手が嫌がるような真似はしないこと。つまりは、ヘルムートとて心から拒絶するつもりなどないのだ。もしこの場で暴れでもすれば、軍人の肩書きを持つ男だ、あっさりと呪縛はとけるだろう。だが、彼はそれをしない。矜持を侵された怒りに唇を噛み締め、己の意思とは逆に――それでいて彼が望んだことでもある――快楽に潤む目で睨みつけるだけだ。シグルドはそれを正しく受け取って、わざわざ扉のほうに接合部を向けた。
 呪いと恨み言とが喘ぎと密に絡まって、甘く刺すように耳に響く。もとより歪な関係である。空ろな睦言よりは、よほど気が利いているだろうと海賊は笑った。




表紙

inserted by FC2 system