表紙



白き花々





 所用ゆえ海賊とラズリルに上陸した折、ヘルムートの影を拙く追う者があった。眉を顰めて振り向けば、幼い少女が息を切らして、頬に紅を散らして駆けてくる。祈りに似た仕草で短い腕を伸ばしては、外套の端を控えめに握りしめ、あの大きなお船の人ですね、私が育てた花です、どうかこれを。
 男は応える術を持たない。人を断つ感触には慣れた、死への恐怖はとうに麻痺した、友が腸剥いて果てようと心動くまい、だがこのささやかな善意を前に、ヘルムートはただ立ちすくむ。少女は知らぬ、憎きかつての敵の顔を、纏う外套に隠された敵の証を。
 仰ぐ眼差しに不安が翳るのを見、横に立つ海賊の片割れが呆れて腹を小突けば、海の青に映える大輪の白を、外套の下から伸びた指先が、短い礼を残してぎこちなくさらう。
 受け取ったは良いが、花の扱いなど心得ぬ男であるから、帰船した後、どうしたらよいものか持て余していると、ハーヴェイがいかにも退屈そうについと花弁を摘みあげ、己の内に含んだ。ややあって唾液の十分に絡まったそれが、何事かと開きかけたヘルムートの口腔へと押しこまれた。体液に塗れ汚された白にかつての無垢なる清らかさはなく、荒い接吻に肉が切れたか、安酒の香に混じり微かに生ぬるい血の味がして、どろりとした感触がしかし妙に心に安く響く。
 唇が薄く歪んだ。花はここではじめて彼のものとなった。




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