表紙



戦場で見た夢





 目覚めたとき、そこは地獄だった。
 霧のかかったようにおぼろげな意識にあざやかに浮かぶのは、死を免れた喜びではなく、わずかに繋がれた生への絶望であった。父の姿はない。おそらく、爆発のあった瞬間に、すばやく危機を察知しこの場から逃れたのだろう。あるいは、今も岩陰から様子を窺っているのかもしれなかった。
 上体を起こしあたりを見回すも、目に入るのは蒼天のもとのあまたの屍、鼻をつくのは生温かい風にのった死臭ばかりだった。先刻までことばを交わしていた人びとはもうそこにはおらず、剥きだしの土に転がる肉塊のみが沈黙を守っていた。そこに、ただひとつを除いて、生の気配はなかった。
 虚ろな目は、やがて巨大な穴の中央に横たわる人影を見とめ、大きく見開かれた。投げ出された小刀を手に取ると、ふらつく足どりで近づく。
 儀式は失敗したのだ。その代償は払わねばならない。たとえ召喚されたのが魔王であったとしても、目覚める前ならば、あるいは肉体に止めを刺すことができるかも知れないし、たとえ自分がしくじろうが、供物のかわりはいくらでもいる。
 色のない瞳が召喚された獣を見下ろした。同じほどの年のころとおぼしき少年は、異世界の服を身にまとい、年相応のあどけない表情を無防備にさらしていた。一見しただけでは、眠っているのか、死んでいるのか、判断がつかなかった。小刀を握る指に力をこめ、屈みこむと、服の上から胸のあたりにそっと手を当てる。あたたかかった。
「生きている」
 つぶやく声がかすれた。
「生きている」
 小刀が乾いた音を立てて土に落ちた。その瞬間、泥の深く沈んだようであった瞳に光がもどり、堰を切ってあふれだした熱い涙が、いく筋も頬をつたった。けれど、拭うことはしなかった。己の目を濡らすそれを、涙と呼ぶことすら、知らなかった。




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