表紙



大人になる日





 軍学校の入学試験を受けた帰り道でのことだった。ウィルは隣りを歩む彼の師を大きな目でじっと見つめていた。レックスは一瞬を置いて自分にむけられた強い視線に気付くと、やさしく目を細めることで答えた。ウィルは師が確かに彼のそばにいることを改めて実感し、唇に笑みを浮かべ小さく息をついた。
 早く大人になりたい。
 彼のそばに立ったとき、その背を見つめるしか許されなかったとき、何度心のなかでこの言葉を繰り返したことだろうか。ある授業の際、自分の弱みを知ることが強さへの布石となると師は言ったが、子どもである、というウィルにとって最大の弱みには果たしてそれに当てはまるのだろうかと考えた。たとえそれを理性で認識したとしても、子どもであるという事実は何ひとつ変わらないのだから。もっとも軍学校に入学することによって、多少なりとも心身に変化は生まれるはずであるが、しかし、変化が訪れることを考えると、今度はかすかに不安を覚えた。矛盾した感情であるとはわかっている。師と自分とのこの関係は、レックスが大人で、自分が子どもだから成り立っているのではないだろうか。そう思い至り、ざわめく何かが胸をよぎった。
 ウィルは知っていた。未来へ至る道は誰にすがるでもなく自らの足で拓いていくものだし、それには心身ともに成熟することがまず第一に必要である。そうでなければ、ともに戦い続けることはできない。あの背中に追いつくことができない。けれどほんの一瞬ではあったが、思わずにはいられなかった。
 まだ、大人になりたくない。ほんの少しだけ。
 そうして、存在を確かめるように、レックスのひとさし指をそっと握った。ひんやりと冷えたウィルの指に、レックスの肌のぬくもりが伝わる。
 その瞬間、ウィルは大人への道に知らず一歩踏みこんだ。




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