表紙



目隠し





 彼がウィルの部屋にひょっこりとあらわれたのは、まったく突然のことだった。
「ごめん、なにか拭くものあるかな?」
 そういって困ったように笑うレックスの姿を見て、ウィルは手にした本もそのままに、ことばを失った。
「なんで、そんな格好……」
 頭からつま先までびっしょりと水にぬれたレックスは、苦笑いを浮かべながら、水の滴る頭をひとつ掻いた。足元には、小さな水溜りができている。
「ちょっと、池に落ちてしまって」
「池に? どうして?」
「それが……」
 レックスの語ったことばを、ウィルは冷ややかなまなざしとともに繰り返した。
「子どもたちと遊んでいて、蓮の葉から落ちた、と?」
「……ごめん」
 ウィルはレックスを下から睨みこんだ。
「どうしてあやまるんですか?」
「いや、ウィルが怒っているから」
「みゃ!」
 そのとき、状況を素早く察したのか、テコが戸棚の上にきちんとたたんであった大判の布をもって、とことことふたりのほうへ歩み寄ってきた。ウィルはテコには笑顔を、レックスにはむっとした表情を送り、つま先だちで立ち上がると、レックスの頭に乱暴にかぶせかけた。
「僕が怒るとしたら、あなたのそういう態度に対してです」
「ごめん」
「もう、いいです。座ってください」
 ウィルは大きくため息をつきながら、レックスの背を押した。
「これじゃ、どっちか教師だか生徒だかわかりませんよ」
「自分ででき……」
「黙って、はやく上着を脱いでください。あなたの服はこれしかないんだから」
 静かに燃えたつような迫力におされ、レックスは大人しくウィルに従って、すぐ脇にある椅子に腰かけた。自分に非があることを理解していたから、素直にそれに従った。レックスが服を脱ぐあいだ、ウィルはぬれた赤い髪を手荒くふいた。
「いて」
「我慢してください」
「……はい」
 ふたりのあいだに気まずい沈黙が流れる。やがて、ふく手を止めることもせず、ウィルのほうが口を開いた。
「……どうして、僕のところに来たの」
「え?」
「他のところ……船内にも、集落にも人はいるのに。布だって、どこにでもある」
「何となく、かな。そういえば、どうしてだろう。考えたこともなかったよ」
「そう」
 それを聞くと、ふいにウィルはそっけない答えを返してから、レックスの目を自分の手で隠した。
「ウィル? 前が見えないんだけど……」
「なんでも、ありません」
 レックスがふしぎそうにたずねたが、ウィルは胸にじんわりと広がっていく子どもじみた優越感を否定しようと、うつむき首を振った。そして、熱を帯び赤く染まったほおと耳が相手の目にふれないように、小さな手でそっと隠しつづけた。




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