表紙



やさしちから(カルマルート)





 木の葉のにおいも清々しい森の空気に、その日も、金属の触れあう音が、高くひびいていた。
 ウィルが、剣を振る。鋭い切っ先が、空を切った。
 レックスが、注意深くをそれ受ける。そこに、甘さは微塵もなかった。
 しかし、訓練とはいえ、刃を交えている最中だというのに、レックスの目にうつる光がふっと翳り、動きが鈍るのを、ウィルは見た。
 彼の師は戦いにあって、時おり、無意識のうちに、こんな風に、戦うことを放棄する。頭ではその心情は理解できたが、それでも、ウィルは、苛立ちを覚えずにはいられなかった。
 やがて、ウィルの剣先が、レックスの喉元につきたてられた。
「参った」
 レックスは、人の良さそうな、やわらなかほほえみを生徒に向けた。
「強くなったね」
「違うでしょう!」
 刃はそのままに、ウィルは声にまじる怒気を抑えようともせず、言った。
「僕が強くなったんじゃない、あなたが」
 口を開きかけるが、言葉が見つからない。
「ウィル」
 レックスは、夢でも見ているような、けれど強いまなざしで、ウィルを見つめた。それは、大人が子どもに向けるたぐいのものではなかった。
「おれを、殺してくれるかい?」
 ウィルは、息を呑んだ。
「もし、力に飲まれて、自分を失ってしまったら」
「何で、そんなこと言うんですか」
 剣を持った腕がだらりとさがり、大きな瞳に涙が浮かんだ。
「先生はずるいよ」
 はっと我に返ったように、レックスの目に、光が戻った。
「……ごめん。どうかしたてたよ」
 レックスが、そっと、ウィルの身体を抱きとめた。
「ごめん」
 ウィルはレックスの服を、きつく握りしめながら、つぶやいた。
「ずるい」
 大人はずるい。
 抗えないことを知って、なおもそれを口にするのだ。




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