表紙



朝のささやかな秘密





 決戦の後、あの船上パーティーの夜。ラチェットにのせられたためか、それとも夜空がきれいだったからか、「好きだ」と口にしてしまって以来、新次郎はまともに昴の顔を見られたためしがない。パーティーの時はよかったが、日常生活に戻った途端、急に気恥ずかしくなってしまったのだ。寝る前に思いだして、眠れなくなった夜も、両の手の指の数ではたりないほどだ。
 恒例となったサニーサイド邸での朝食の場でも、それは変わらなかった。しかも、昴はさりげなく新次郎の隣りに着席していた。
「す、昴さん、おっ、おはようございます」
「おはよう」
 それから長い沈黙。食事のときも、うまくことばを交わすことができなかった。
「大河。君は変だ」
 コーヒーカップの縁に唇を当てながら、昴は唐突に言った。
「前から変だったが、最近は特に」
 返答に窮している新次郎に、昴はふっと笑った。
「もっとも、僕も人のことは言えないが」
「え……」
 そのとき、向かいに座っていたサジータが怪訝な顔をした。
「どうしたのさ、新次郎? 顔が赤いよ」
「え、そうですか? どうしたんだろう、あ、暑いのかな……」
 どぎまぎしながら答える。隣りを見ることができない。きっと、平然とした様子で、いつもと変わらず静かに微笑んでいるのだろうと新次郎は思った。この人には敵わない。無理にことばを探す必要はなかったのだ。テーブルの下の柔らかな手の感触は、二人だけの一生の秘密だ。




表紙

inserted by FC2 system