開演のご挨拶
八月二十日は我らが大河くんの誕生日らしいじゃないか。そこで、いつも頑張っている大河くんに、ボクからささやかなプレゼントを贈ることにしたよ。一夜だけ、ボクの屋敷の庭にニッポンのオマツリを再現したのさ。え、単に面白そうだからやるんだろうって? 失敬な、そんなことあるわけないじゃないか! 他ならぬ大河くんのためさ……たぶんね。
さあ、イッツ・ショータイム!
01.ドッキリ☆男だらけの夏祭りon浴衣
夕方のサニーサイド邸。様々な人種の老若男女、浴衣を着た人々。軒を連ねる屋台。「イラシャイマセー」「タマヤー」「イキノイイヒヨコダヨー」と威勢の良いかけ声が飛び交う。どこか懐かしいかもしれない、日本の夏祭りの風景。それを口をぽかんと開けて眺める新次郎。
「わあ、すごいな……」
「まったくだ。この財力と企画力には驚かされるな」
「わひゃあ! か、加山さん……いきなり後ろから現れないで下さいよ!」
「これくらいで慌てるな新次郎。日本男児たるもの、常に心の平静を保っておかねば。ところでその浴衣」
「これですか? サニーさんが用意してくれたんですが……」
招き猫柄。
「よく似合っているぞ」
「あ、ありがとうございます。……まさかこれ、加山さんが」
話を遮って。
「そういえば、リトルリップ・シアターのみんなはどうしたんだ? もう来ているんだろう?」
「それが、先に着いているはずなんですが、まだ誰にも会えていなくて」
「大河くん!」
大河、振り向く。
「あ、サニーさん! 今日はほんとうにありが……がっ?!」
「どうだい、似合うかな?」
サニーの浴衣に咲き誇る赤いバラ。なびくカツラ、かがやく笑顔。浴衣はもちろん、女物。帯びの結びはかわいくリボン。
「あ……う……え……」
「そうかい、そうかい。あまりの格好よさに声も出ないってわけだね。まったく、大河くんは素直すぎるよ」
放心状態の新次郎。対照的にうっとりした表情の加山。
「美しい……」
「……いいっ?!」
「何て美しいひとなんだ……せめてお名前を! 僕は加山雄一、いえ、あなたの加山と申します」
サニー、ノリノリ。
「名前? そうだね……プチチョコ、と」
「ああ、花のようなプチチョコさん……名前まで愛らしい……」
サニー、新次郎の耳元で。
「美しすぎるっていうのも、罪だね、大河くん?」
「え?! あ、はい……」
「新次郎! お前、プチチョコさんとそんなに馴れ馴れしく……」
「ぼ、ぼくもう行きますね! 加山さん、プチチョコさんとお幸せに!」
「ありがとう新次郎! 恩に着るぞ!」
「イッテラッシャーイ。一夜限りの夢、存分に楽しんで来るんだよ」
02.りんご飴の半分は着色料で出来ています
「だーれだ?」
新次郎、屋台をぶらぶら見て回っていると、後ろから突然目隠しされる。
「えーっと……」
とはいっても、身長が低くて手が目まで届いていない。
「……ノコ?」
「ぶっぶー! やっぱりしんじろーはだめだな!」
振り返ると、浴衣を着た嬉しそうなリカ。ノコは袂から顔を覗かせている。
「リカも浴衣を着たんだね」
「ユカタってスース−して涼しいぞ!」
「金魚柄なんだ……すごく可愛いよ、リカ。よく似合ってる」
照れるリカ。
「リカ、可愛いか?」
「うん」
「しんじろーに褒っめられた! うっれしいな、くるくるくるーっ!」
「リ、リカ! そんなに動いたら、着崩れちゃうよ!」
「えーっ、踊っちゃだめなのか?」
「浴衣はたくさん動くと、脱げちゃうんだよ。ほら、襟のところがずれてるよ」
「ぶーっ」
新次郎、リカの襟の乱れを直しながら。
「浴衣を着ているときは、ちょっとだけおしとやかにしないと」
「何だそれ? オシトヤカってうまいのか?」
「は、はは……」
リカ、新次郎の腕に絡みつく。
「しんじろー、リカ、オシトヤカするから、いっしょにお店回ろう? なっ」
「いいよ」
「わーい! くるくるくるー……じゃなくてオシトヤカー!」
「あ、あんまり変わらない気がするけど……」
りんご飴の屋台の前。
「あれうまそー」
「りんご飴っていうんだよ。食べてみる?」
「いいのか?!」
「もちろん。どうれがいい?」
「えーと、一番大きいやつ!」
「すみません、これひとつくださーい。……はい、リカ」
りんご飴にかぶりつくリカ。
「甘くてすっぱくておいしいな!」
「良かったね、リカ」
「とくべつに、しんじろーにもわけてやる。ほら、あーん」
「いいの? じゃあ、あーん……うん、おいしい」
「いしししし! しんじろー、口真っ赤かだぞ!」
「リ、リカこそ」
「おそろいだなっ」
「あはは、そうだね」
「なあ、しんじろ−。この飴って、りんごと何でできてるんだ? なんでこんな真っ赤かなんだ?」
「そうだね……半分は着色料かもしれないけど」
新次郎、笑う。
「もう半分は幸せ、かな?」
03.かき氷はイチゴミルク、の上に餡子
フードハンティングに夢中のリカと別れてすぐ。人ごみで袖を引っ張られる新次郎。
「新次郎! ちょっと、ちょっと!」
「あ、ジェミニ。どうしたの?」
「いいから、いいから」
「なんだよ、いきなり」
木陰で。
「あのね、ユカタの帯がほどけちゃいそうなんだ。自分じゃ直し方がよくわからくて……新次郎、お願いできる?」
向日葵の浴衣。ずいぶん乱れている。どぎまぎする新次郎。
「お、女の人の帯のしめ方って、ぼ、ぼくも良くわからないんだけど……」
「お願い!」
「う……わかった、やってみるよ」
「ありがとう、新次郎!」
「じゃあ、一回帯をほどいてゆるめるよ。前、ちゃんと押えててね」
「うん、わかった」
「いくよ……」
「おーたーわーむーれーをー」
「ええええっ?!」
「あれ、違った?」
「な、な、な、何言ってるんだよジェミニ!」
「何で照れてるの? 日本のお姫様の作法じゃないの、帯をほどくときの掛け声」
「作法……作法なのか? と、とにかく、何も言わないでいいから!」
「えー、あこがれてたんだけどな。お代官様、おーたーわー……」
「か、勘弁してくれってば!」
「ちぇー」
何とか形になっていく帯。
「ジェミニ、ちょっときついかもしれないけど、我慢してくれよ」
「うん、大丈夫」
「……はっ!」
帯をきつく締める新次郎。その瞬間、ジェミニの表情が変わる。
「あれ、どうしたんだろう、急に頭が……」
「ジェミニ、どうした? 苦しかった?」
「……何だ、貴様は?」
「え?」
「オレに気安く触るな」
すたすた立ち去るジェミニン。
「ちょっと待った、まだ着付けの途中……」
「ここは何なんだ? 騒がしい場所だな。オレはこんな所で油を売っている暇はないのだ。くそ、レッド・サンはどこだ! 今この場所にあいつが姿をあらわすとも知れんというのに……ん?」
ジェミニンの足、屋台の前でぴたりと止まる。
「ジェミニ、もしかして、かき氷がすごく食べたかったの?」
「ばかを言うな! こんなもの……」
「じゃあさ、ぼくが買うから、二人で分けて食べない?」
「う……」
横目で屋台をチラチラ見るジェミニン。
「やめとく?」
「……一口だけなら、食べてやっても良い」
「ジェミニの好きな味を選んで良いよ」
「一口だけだからな! では、主人。これを」
「ヘイ、ラッシャイ! アリガトゴザイマース!」
「……イチゴミルクの上に餡子? サニーさんのアイディアかな……」
「じろじろ見るな! べ、別にオレが食べたいわけではない! ジェミニの体が欲しているだけだ。誤解するな! 甘いものなど、オレは好まん!」
言いながら、ベンチに座りかき氷をかきこむジェミニン。幸せそう。
「ゆっくり食べないと、頭がキーンとするよ」
急にジェミニンの動きが止まる。
「うっ……何だ、この頭の痛みは?! さては貴様、盛ったな!」
「だから言ったのに……」
「ジェミニをたぶらかし……さらにオレにまで魔の手を伸ばすつもりか……!」
「さっきからおかしいよ、ジェミニ。熱でもあるの?」
新次郎、ジェミニンの額に自分の額を当てる。ジェミニンの顔が真っ赤になる。
「ふ、ふざけるな! オレは何ともない!」
あっという間に走り去るジェミニン。
「あっ、ジェミニ!……行っちゃった。大丈夫かなあ……」
夜の街。仮面の剣士の装束に着替えたジェミニン、闇に溶けていく。
「まったく、何だったんだ、あれは……」
指先についたイチゴミルクをなめる。
「……ふん、甘いな」
04.使用回数わずか一回のヨーヨー
「すみません!……きゃっ、ごめんなさい!」
人ごみをふらつく影。
「あそこにいるの、もしかして、ダイアナさんじゃあ……ダイアナさん? ダイアナさーん!」
「その声は……大河さんですか? あら、あらら……」
よろけるダイアナ。
「危ない!」
新次郎、間一髪キャッチ。
「大丈夫ですか?」
「はい、すみません……はふう」
「あれ、ダイアナさん、今日は眼鏡をしていないんですね」
「そうなんです……だから、周りがよく見えなくて」
「どうしたんですか? 家に忘れたとか?」
「実は……あの、サニーのおじさまが」
真顔の新次郎。
「まさか、取られちゃったんですか?! ダイアナさんの眼鏡がうらやましくて……あの人ならやりかねないな」
「ち、違うんです! たまには、眼鏡を外してみるのもいいよ、と仰って……」
「ぼくもそう思いますよ」
「え?!」
「今日のダイアナさん、とっても素敵です!」
「ふふ、今日だけですか?」
慌てる新次郎。
「あ、もちろんいつも素敵ですけど、今日はとくに新鮮というか、特別というか……」
照れるダイアナ。
「あ、ありがとうございます……」
「そうだ、これから、いっしょに縁日を見て回りませんか?」
「でも、わたし、今日は目がよく見えませんし、ご迷惑になってしまうのでは……」
「それなら、ぼくが手をひいて行きますよ! これなら迷子になりませんよね?」
新次郎、ダイアナの手を引く。
「あ……」
「早すぎたら言ってくださいね!」
ダイアナ、頬を赤らめる。
「はい……」
屋台の水槽を覗き込む二人。
「これは何ですか? 」
「ヨーヨーですね。手のひらでついて遊ぶんですよ。こうやって釣るんです……よっと」
「すごい、お上手ですね!」
「エヘヘ、日本で特訓しましたから」
ダイアナ、ヨーヨーを見つめる。
「可愛い……」
「あ、このヨーヨー、ダイアナさんの浴衣の柄とお揃いですね」
「この日本のお花、何という名前なんですか? 個性的な形で可愛いですね」
「朝顔、っていうんです。夏の朝だけ咲く花なんですよ。昼にはもう、しおれてしまうんです」
「へえ……なんだか、ロマンチックですね」
屋台を離れて歩く新次郎とダイアナ。
「ヨーヨーは、ほら、こうやって遊ぶんです……あれっ」
糸が切れ、ヨーヨー落下。割れる。
「ぼくのヨーヨー、糸が弱かったのかなあ。ダイアナさんのはどうですか? さっきのお店で換えてもらいます?」
「いえ、わたしは見ているだけで十分ですよ」
「でも……」
手にそっと力をこめる。
「いいんです。朝顔と同じ、今夜だけの……」
05.神社の裏手、ひっそりこっそり
サニーに挨拶をしに行ったダイアナを見送り、ふたたびひとりの新次郎。ふらふら歩いていると、人気のない場所に行き着く。
「なんだろう、あれ?」
門のようなものに近づく。
「うっ! こ、これは……」
ショッキングピンクの鳥居。
「こんなものまで用意して……サニーさん、ああ見えて遊びにかけては芸が細かいなあ。……方向性は置いておいて」
鳥居の下に、うずくまる人影。桔梗の浴衣を着ている。
「ん? あれは……」
「大河か」
「昴さん! どうしたんですか、こんなところで」
「鼻緒が切れてしまったんだ。だから、ここでひと休みというわけさ」
「ほんとうだ……」
昴、扇を手で弄びながら。
「僕はもう少し休んでいくよ」
「それならぼくも……」
「昴は思う。君は早く戻るべきだ」
「え?」
「今夜は君の誕生日を祝う祭りなんだろう? 主役がいなくてどうする」
「そんな、昴さんを置いてなんて行けませんよ!」
「君のために集まった人々の好意を、無下にするつもりかい?」
「それは……」
悩む大河。ぽんと手を叩く。
「えーと、じゃあ、こうします! よいしょっと」
「大河、何を……」
昴を背負う大河。
「しっかりつかまっていてくださいね!」
「降ろせ!」
「いいえ、降ろしません。このまま縁日まで行っちゃいます! ぼく、以外と体力には自信があるんですよ!」
「君は……恥ずかしくないのか!」
「エヘヘ、また昴さんに怒られちゃいましたね」
「そうやって、すぐごまかす……」
「ぼくのためのお祝いならなおさら、昴さんがいて、みんながいて、だれが欠けても、だめなんです。だから、昴さんにも楽しんでほしい。……欲張りですか?」
一瞬驚きの表情を見せてから、微笑む昴。
「……ああ、とんだ欲張りだよ、君は」
数分後。
「はい、縁日に到着しました!」
「ではここで」
「まだですよ、昴さん。鼻緒が切れたままでしょう? さっき、ちょうど下駄を売っている屋台を見かけたんです。そこでなら、きっと直してくれますよ。あれ、こっちだったかな。それともあっち……」
「大河、あまり激しく動くな! 浴衣が着崩れる!」
すれ違う人々、二人をものめずらしげに見る。
「大河」
「何です?」
「人にじろじろ見られるのは好きじゃないんだが」
だから降ろせと暗に言う昴。
「ああ、それは、今日の昴さんがすごくきれいだからですよ!」
「え……」
「ぼくもさっき、見とれちゃいました」
「まったく、君ってやつは」
昴、背中に頬を寄せる。新次郎に聞こえないほど、かすかに。
「……ばか」